健康経営とは?経済産業省によると、健康経営とは「従業員等の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」です(「健康経営の促進について」令和4年6月経済産業省ヘルスケア産業課)。ポイントは、単なる福利厚生ではなく、「健康=生産性・企業価値の向上」という視点を持つこと。労働人口の減少やメンタルヘルス問題への対応が求められる今、健康経営は企業の存続と成長に直結する戦略といえます。日本での健康経営の導入が本格的に始まったきっかけは、2006年の「NPO法人健康経営研究会」の設立です。その後、2013年に政府が「日本再興戦略」を発表し、2014年の改訂版には「健康経営」の概念が盛り込まれ、同年「健康経営銘柄」の選定も開始されました。そして、2016年には「健康経営優良法人認定制度」が創設され、認定法人数は2025年にはその数が大規模法人部門で3,400、中規模法人部門で19,796に達しています。日本において健康経営が導入されるようになった背景には、以下のような要因が関係しています。「働く」ことに対するマインドセットの変容かつて日本企業では終身雇用や年功序列の人事制度が一般的でした。しかし、1990年代以降のバブル崩壊やグローバル競争の激化により、多くの企業が方針を転換。これにより、従業員自ら自身のキャリアを切り拓く「自律」「キャリアオーナーシップ」の発想へと変容してきました。働き方が多様化し、成果やスピードが求められる中、多くの企業は従業員のメンタルヘルスを経営課題として抱えるようになりました。それ以前は従業員の心の健康は労務問題として捉えられていましたが、経営上のリスクマネジメントと捉えられるようになってきたのです。加えて、近年ではZ世代を中心に「ワークライフバランス」や心身ともに健康で働くことを重視する人が増えています。これに伴い、企業も健康経営によって、従業員のエンゲージメントを高めることが求められています。より多様な社会的ニーズの出現個人と企業を取り巻く「働き方」が変容する中で、企業は多様な就業形態をもつ従業員の健康に配慮する必要が生まれてきました。例えば、育児・介護と両立する従業員の心身サポートや、メンタル不調や障がい者雇用における職場内インクルージョン強化などです。健康経営はこのような人材が持続的に活躍できるようにする仕組みとして欠かせません。長寿化に伴う「労働期間」の長期化総務省統計局が2024年9月に発表した資料によると(統計トピックスNo.142「統計からみた我が国の高齢者」)、総人口が減少する中で65歳以上の人口は過去最多の3,625万人と過去最多に達し、総人口に占める割合は29.3%と過去最高でした。それに伴い、65歳以上の就業者が総就業者数に占める割合も13.5%であり、企業にとって「健康で働ける中高年層」の活用は不可欠です。「労働力確保=健康寿命の延伸」の視点からも、健康経営の重要性はますます高まっています。中小企業こそ健康経営に取り組むべき理由とは?前述した「健康経営優良法人」の認定が2017年に始まった当初、その数は大規模法人部門で約200社、中小規模法人で約300社でした。2025年には大規模法人部門は約3,500社にまで拡大し、さらには中小規模法人は約20,000社にまで伸びています。いまや、健康経営に取り組む「主役」は、日本国内の企業全体の99.7%を占める中小企業なのです。ここでは、その中小企業こそが健康経営に取り組むべき4つの理由について解説します。離職率を低下させ、定着率を向上させる中小企業においては、従業員一人ひとりの影響が大きいため、人材の流出は大きな損失となります。健康経営により、職場環境や働き方の見直しが進めば、働きやすさが向上し、定着率が高まります。例えば、長時間労働の是正や柔軟な勤務制度の導入により、若年層や子育て世代の離職を防ぐ企業が増えています。実際のデータもこの点を裏付けています。2022年の全国企業の平均離職率は11.9%だったのに対し、2024年に健康経営優良法人に選定された法人の平均離職率は5.7%でした。メンタルヘルス対策メンタルヘルスの不調は、欠勤・休職の原因になるだけでなく、生産性や職場の雰囲気にも悪影響を及ぼします。定期的なストレスチェックやカウンセリング体制の整備、上司による対話の促進など、小さな取り組みでも大きな効果が期待できます。この点、WHO(世界保健機関)が提唱した「アブセンティーズム」「プレゼンティーズム」という概念も参考になります。前者が「健康問題による欠勤」を意味するのに対し、後者は「欠勤に至っていないものの、健康問題が理由で生産性が低下している状態」を指します。メンタルヘルス対策を充実させることで、目に見えづらい従業員の健康問題を可視化し、早期対策が可能になります。心理的安全性とチーム力の強化健康経営では「心理的安全性」の確保も重要です。これは、「自分の意見を安心して言える職場風土」を意味します。心理的安全性の高い組織では、イノベーションが起きやすく、離職率も低いという研究結果があります。これは中小企業に多くみられる「フラットな関係性」と親和性が高く、活用しやすい強みでもあります。形だけの1on1やブレインストーミングに留まらず、リーダーが自らのミスを共有したり、傾聴したりするといった相手に寄り添う姿勢を示すことが大切です。経営リスクの最小化健康問題が放置されると、労災リスクや生産性の低下、企業イメージへの悪影響など、さまざまな経営リスクにつながります。あらかじめ健康課題を把握し、予防的に対応することで、トラブルの芽を摘み、経営の安定を図ることができます。中小企業が抱える健康経営の課題健康経営が中小企業の生産性向上に欠かせないことを分かっていても、実際に始めるのは難しいですよね。健康経営が中小企業の間でなかなか普及しない背景には以下のような4つの課題があります。リソース不足人手・予算・時間すべてにおいて余裕のない中小企業では、「健康経営に取り組む余力がない」との声が少なくありません。しかし、必ずしも大規模な投資が必要なわけではなく、無料の支援制度や外部パートナーを活用すれば、コストを抑えた実践が可能です。経営層への説明責任「健康は自己責任」という意識が根強く、経営層が健康経営の意義を十分に理解していない場合、取り組みが進みません。まずは成功事例やデータをもとに「経営的な効果」を共有し、トップのコミットメントを引き出すことが重要です。従業員の反応新たな健康施策を導入しても、従業員の反応が冷ややかで効果が出にくいことがあります。その背景には、「押しつけ感」や「監視されているように感じる」といった心理的抵抗があります。従業員と対話を重ね、「一緒につくる」姿勢が必要です。成果の見えづらさ健康経営は中長期的な取り組みであり、すぐに目に見える成果が出るとは限りません。健康診断データやストレスチェック結果、プレゼンティーズムの改善度など、定期的に指標を設定・見直すことが求められます。中小企業の健康経営実践ステップ一口に中小企業といっても業態や経営方針、従業員数、企業規模などさまざまですが、以下の基本的なステップを意識してみましょう。現状把握まず、自社の課題を把握することから始めます。健康診断結果や勤怠状況、ストレスチェックの実施率・結果などをもとに、健康リスクの棚卸しを行いましょう。経営層のコミットメントと宣言健康経営の導入プロセスにおいて最も重要なのが、経営層の明確な意思表示です。従業員の予防・健康づくりに取り組むことを「健康経営宣言」として社内外に発信することで、従業員の関心が高まり、取り組みの推進力が生まれます。施策導入たとえば次のような施策があります。毎月のウォーキングキャンペーン健康診断のオプション補助ストレスチェックの実施とフォロー面談社内運動イベント禁煙プログラムの導入小規模からでも取り組める内容は多くあります。「健康経営」が単なる形式的な施策に終わらないためには、トップダウンで一方的に進めるのではなく、従業員との対話を重ねることが大切です。そうすることで、一人ひとりがその趣旨を理解し、納得感を持って取り組むことができるからです。徐々に「健康経営」が企業全体にカルチャーとして浸透していくのが理想です。社内外との連携健康保険組合、地域の産業医、自治体の支援プログラムなどと連携すれば、専門的な支援や助成金を受けられることも。孤立せず「巻き込む」ことが成功のカギです。評価と改善施策導入後は、アンケートや面談を通じて従業員の声を収集し、PDCAを回しましょう。「続ける」「やめる」「変える」の判断を定期的に行い、柔軟に調整していくことが重要です。中小企業の健康経営成功事例ここでは、すでに健康経営を導入した中小企業の事例を2つ取り上げます。株式会社福利厚生倶楽部中部愛知県に拠点を置く、従業員数32名の企業です。きっかけは従業員の健康意識の低さだったといいます。30代の若い従業員が10年後、20年後に健康問題で後悔することがないように、健康経営に取り組むようになりました。健康アプリを活用したイベントを開催したことで、従業員が食生活を改善したり、ジムに通い始めたりするようになり、健康づくりに主体的に取り組むようになったそうです。企業側が一方的に取り組み内容を決定するのではなく、従業員自身が取り組み内容を考えたり、発信したりできるようにしている点がポイントといえるでしょう。オーエス株式会社大阪府の生活関連サービスを扱うオーエス株式会社では、結婚、出産後も従業員が多様な働き方ができる会社にしたいと考え、健康経営に着手することにしました。まず、従業員との面談を通じて現状を把握することに努め、それを経営層に共有し、双方の認識のギャップを埋めるようにしたそうです。具体的な施策として、ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)を導入しました。ABWとは、「仕事の内容に応じて、働く人が自ら働く場所を選ぶ」働き方です。オフィス内外を問わず、従業員が自ら働く場所を選べるようにすることで、従業員の行動変容を促しました。働きやすい環境の創出に成功し、従業員同士のコミュニケーションも活発になり、採用面でも好影響が見られているとのことです。中小企業の健康経営に関するQ&A費用対効果が心配ですが、投資価値はありますか?はい。たとえば、経済産業省の調査によると、健康経営の実践企業ではプレゼンティーズムの改善や医療費の削減など、コスト以上の効果が報告されています。特に中小企業では、一人当たりの貢献度が高いため、効果が可視化されやすい傾向にあります。従業員が少ないのですが、効果はありますか?もちろんです。むしろ、人数が少ないからこそ、施策の浸透やフィードバックがしやすいという利点もあります。小さな成功体験を積み重ねることで、組織全体の意識改革にもつながります。どのようにすれば健康経営を浸透させられますか?経営層のコミットメントが最も重要です。経営者自らが健康を意識し、発信・行動することで従業員の関心も高まります。また、「楽しい」「気軽に参加できる」健康活動の導入や、表彰制度などを活用し、自然と参加が促される風土を育てていきましょう。まとめ健康経営は、単なる流行ではなく、中小企業が持続的に成長するための戦略です。人手不足、働き方改革、ウェルビーイングの重視といった時代の変化に対応するうえで、従業員の健康は企業の競争力そのものです。「まずはできることから、小さく始めて、継続していく」その積み重ねが、企業の未来を変える大きな力になるはずです。YuLifeのサービス概要はこちらYuLife導入事例集はこちら